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思えばあれは〔雷の少女〕からのメッセージだったのかもしれない。

アルゼンチン、サルタの高地考古学研究所(MAAM)には1999年、アメリカの高地考古学研究者ヨハン•ラインハルト氏がアンデス山脈の南にそびえるユヤイヤコ山(6739m)で発掘した三体の子供のミイラが展示、保存されている。推定およそ500年前、インカ帝国のカパコチャという儀式で生贄となり、山に埋められた子供たちだ。
しかし彼らをミイラと呼ぶにはしのびない。ミイラといえばからからに乾燥した肉と骨の遺体というイメージがあるがこの子供たちは死してなおみずみずしさを保っている。ミイラというよりはむしろ自然環境の中で偶然、完璧に冷凍保存されてしまった遺体である。肌には張りがあり、肉には弾力が残っているのだ。その後の調査で内臓の状態も極めて良好であることがわかっている。体内の水分は50%以上を保っているという。
ユヤイヤコ山は6700mをこえる標高をもつ高山だ。山頂付近は常にきわめて温度が低く、酸素も薄い。くわえて周囲の環境は不毛で知られるアタカマ砂漠から連なる乾燥した砂漠。ミイラを尊んできたインカの人々が計算してそうしたのかは永遠の謎であるが、はからずも腐敗しない、永遠に眠り続ける遺体ができあがる環境が整っていたといえる。
三体のミイラはそれぞれの外見的特徴から、六歳の〔少年〕、十五歳の〔処女〕、七歳の〔雷の少女〕と呼ばれている。〔雷の少女〕とは、山頂に埋められていた間に雷が直撃、顔を中心に皮膚が黒く焼けてしまった女の子のミイラである。
2006年、まったく別の用事でたまたまサルタを訪れた私ははからずもこのミイラの存在を知り興味を覚えた。そんなミイラは見たことも聞いたこともなかったし、公表されればかつて日本でも公開され話題を呼んだペルーの〔フワニータ〕をしのぐ存在になるだろうと確信したのである。〔フワニータ〕もまた、アンデス山脈の高峰アンパト山で神に生贄に捧げられた少女ミイラだ。発見、発掘したのはやはりヨハン•ラインハルト氏であった。ただ残念なことにその顔は外に露出していたため肉が落ち、白骨に近い状態で発掘されている。〔ユヤイヤコの子供たち〕は顔もほとんど損傷することなく残されている極めて稀なケースである。
私が初めてサルタを訪れた当時、高地考古学博物館には〔ユヤイヤコの子供たち〕のミイラはまだ展示されていなかった。その後私はこの〔ユヤイヤコの子供たち〕をテーマに番組の企画を出し続けたのだが、ようやく昨年、インカ帝国をテーマにしたある特別番組の一部で、〔少年〕を撮影、紹介することができた。そして今年は別の番組で〔処女〕を撮影した。撮影してないのはあと一体、〔雷の少女〕だけとなった。
そして昨日、サルタからブエノスアイレスに戻る私の乗ったラン航空機は雷雲の中に突っ込んだ。ブエノスアイレスの日中の気温が異常に上昇し、横走りに雷が走るような極めて不安定な積乱雲を発生させたのだ。一説によると、〔雷の少女〕はユヤイヤコ山頂で横に走る雷に打たれたのだという。
飛行機は上下左右に激しく揺れた。一瞬死すら覚悟するほどの激しい揺れだった。
そしてその時はそれが〔雷の少女〕からのメッセージかもしれないと気付く余裕はなかった。
一夜明けて、ブエノスアイレス在住のコーディネーターM嬢と私はランチを食べながら〔ユヤイヤコの子供たち〕の話をした。私が昨年は〔少年〕を、今年は〔処女〕を撮影したということを話すと、アサードを頬張りながら彼女が、
「あとは雷の少女だけですね」
といった。「忘れたらダメですよ」
その瞬間、私は気付いたのだ。
(昨日の雷は彼女ーー〔雷の少女〕からのメッセージだったのかもしれない…)
ということに。
「私を忘れないで」
と彼女が語りかけてきたように強く感じたのである。
だから、この先も私のサルタ通いは続くだろう。〔雷の少女〕をきちんと撮影し、紹介するまで…

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