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エジプトで見つけたコインの運命

それは、発掘終了10分前のことだった。
僕の手にしていた金属探知機が反応した。
ピー、という音が鳴り響く。
何回かやっても、そこで鳴り響く。
靴のつま先で、軽く掘ってみた。
そして出てきたのがこれ。
Photo
石ではない。持ってみて、比重でそれとわかる。明らかに金属だ。
コイン、もしくはきれいな菱形をしているのでペンダントか何かかもしれない。
Photo_2
考古学者に見せてみた。
フランス人の彼は、そのブツをじっと見たあげく、僕の顔を見て言った。
「ムッシュー、これは発掘の正式メンバーではないあなたが見つけ、掘り出した。その上我々発掘隊の機材リストにはない金属探知機を使って見つけたものである。さらには発見した場所がエジプト政府に申請した正式な発掘現場の範囲外だ」
『はあ? 何を言ってるんだこのオヤジ……』
僕は訝しんだ。どう見てもこれは代打満塁逆転ホームラン的発見ではないか。
そして考古学者は言った。「よってこれは考古学的には何ら意味のないものである。しかしエジプトの国外に持ち出すことはできない。もし空港で見つかったらあなたはもう二度とこの国に入国できなくなるだろう」
「と、言いますと」おそるおそる僕は尋ねた。
「残念だが、捨てるしかない」
「えー!!!」頭の中が真っ白になった。
代打満塁サヨナラランニングホームランが、本塁でタッチアウトになったようなものである。
考古学者は僕からその金属を受け取ると、砂漠に向かって放り投げた。
考古学者があっさりと投げ捨てるようなものだから、たいした物ではなかったのかもしれない。でもあんまり悔しかったので、彼が放り投げる前にこうしてブツの写真を残した次第である。
僕がやはり何か「持ってる」ことは証明できたが、エジプトには負けた気がする。ショックが大きい。完敗だ。

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