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アルゼンチンで死ぬかと思った

昨日のサルタからの便はブエノスアイレス付近で雷雲の中に突っ込み、上下左右に体が浮き上がるほど大きく揺れ続け、久々に死ぬかと思った。
かつて日航機事故で亡くなった方の「いい人生だった、感謝している」というフレーズが頭に浮かび、(ああ、あれ以上のコメントは書けないな)としみじみ思った。
出発前、「今日は機長の誕生日です!」という機内アナウンスが流れ乗客一同拍手したのについてないと思った。「悲劇、機長の誕生日墜落!」という何かの記事のタイトルが頭にうかんだ。
救いは通路をはさんだ隣の席の幼子がちっとも怖がりもせず、きゃあきゃあ笑っていたことである。一歳ぐらいの男の子だった。その姿を見ているうちに、(ああ、こんなに幼く人生を何も知らないうちに乗った飛行機が落ちて死ぬとしたらこの子はなんて運がないんだろう…)と思えてきた。次の瞬間(いや神様がいるとしたらそこまで残酷なことはしないだろう)とも思った。
着陸体制に入り、タイヤを出す音がこれまで聞いたことのないような嫌な音だった。(いよいよ本格的にダメか)とある程度覚悟を決めたが隣の幼子は相変わらず笑っている。(ここで飛行機が落ちたらせっかく苦労して取材した映像もぱあだ。オンエアが飛ぶな…)などということも考える。思えばミイラの取材だった。「ミイラとりがミイラになる」というフレーズが今度は頭にうかぶ。でも飛行機が落ちたらミイラになることすらかなわないだろう…と思っていたら急に機体が安定した。雲を抜けたのだ。
夜間飛行である。眼下にはブエノスアイレスの街の灯が…これで助かるかもしれない、と隣の席を見ると幼子はまだ笑っている。
(けっきょくこの子に助けられたのだ)と思った。神様はそれほど残酷ではなかったのだ。同時にアンデスで〔神のために〕生贄になった子供たちのことが頭にうかんだ。
着陸の瞬間、これまで聞いたことのないほどの盛大な拍手と歓声が機内にわき上がった。アルゼンチンの人たちは通常の着陸のときでもたいてい拍手をするのだがさすがにこの日はすごかった。もちろん私も思いっきり手を叩いた。ふと隣の席を見るとあの幼子が皆の真似をして手を叩きながら「よかったね」というように笑いかけてくる…
ああ、神様。

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