スキップしてメイン コンテンツに移動

ウシュアイア

その家を見つけたのは偶然だった。
そこは世界の果ての町、ウシュアイア。南米大陸最南端の都市。
ちなみに本当はチリのプエルトウィリアムスが最南端。しかしそちらは「町」である。この辺がややこしい。
「世界の窓」という番組のロケである。
ウシュアイアはかつて流刑地だった。
ようするに最果ての地、世界のいちばん端なので送り込まれたらもう戻れないだろうということで、百二十年ほど前に刑務所が作られ、凶悪犯が次々に送り込まれた。
最果ての地でただ閉じ込めておくだけではもったいないと誰かが考えたのか、囚人たちは町の建設に駆り出される。そして、刑務所関係者などが住む住宅を作った。
当時建てられた家には目印がある。 それは、屋根の下の八角形の小窓。
(へー、面白いな)
と、思った。番組になるな、という勘が働いた。
しかし、地元の専門家に聞くと、そうした家はもはやあまり残されていないということだった。町の入り口、港のそばに展示用の博物館として一軒残っているだけだという。
「世界の窓」では魅力ある窓だけではなく、その家に住む人の生活や人生を描くことも重要なので、基本姿勢としては博物館や展示用住宅の窓はNGとしている。
せっかく世界の果ての都市まで来たにも関わらず、危うく空振りで帰る危機に遭遇したわけだ。
(でもせっかくここまで来たんだから……)
貧乏根性丸出しの僕は、専門家の話はいったん忘れて、とにかく自分の目で町をロケハンしてみることにした。
車でクルーズすることおよそ30分。なにしろそれほど広い町ではない。
「あった! 戻って!」
僕は叫んだ。
交差点の角にある黄色い家。屋根の下には確かに八角形の小窓がある。
やはり偶然がすべてを支配するのである。あきらめないこと、それも肝心だ。
 「いやいやこんな家が残っていたとは知りませんでした」
案内してくれた役場の人が弁解するようにスペイン語でいう。
人が住んでいる気配はあった。ノックしてみる。
出てきたのは小柄なお婆さん。警戒するような目つき。それはそうだろう。怪しげな東洋人を四人も従えた役場の観光課の者だと名乗る男が突然訪ねてきたのだから。
基本的には善人な役場の人は根気強くお婆さんを説得にかかった。 OKが出た。
それでもさすがに今日の今日では家の中もちらかっていることだしということで、撮影は翌日になった。
気の短いお婆さんで、名前はイネス。もうじき100歳になるという。
刑務所で長らく看護師として働いてきた。その時刑務官である夫と知り合い結婚、二人で力を合わせてこの家を買い、二人の息子を授かり育て上げたが、男たちはみんな先に死んでしまったという。
「この様式の家で人が住んでいるのはウシュアイアでここだけなんだよ」
といっていた。貴重な家と窓を撮影できたわけだ。 とにかく気の短い彼女は(年寄りは気が短いというか集中力が続かなくなるものだが)、
「はいカット! もういいわね、おしまい!」
とカメラが回っている最中に撮影を中断させてしまうのでちょっとまいった。
でも、喜んでくれたようだ。
その証拠に、撮影が終わると……
 
感謝のキッス!
僕もお返しに……
彼女、恍惚の表情をうかべている。
(なるほど100歳まで生きる訳だ……)
世界のどこに行っても、やっぱり女は強いな、としみじみ感じたロケだった。
それにしてもラテンのロケは楽しいな。

 <a href="http://www.bloglovin.com/blog/6737087/?claim=bmh8bzkdphd">Follow my blog with Bloglovin</a>





コメント

このブログの人気の投稿

地球に生まれた生き物として

宮城県の伊豆沼は渡り鳥の聖地である。 ほんとうにおびただしい数の鳥たちが今飛来していて、地球の営みとはこういうものだったのか、と見る者に教えてくれる。 久々に撮影を止めることができず見とれてしまった。 つまり、繁殖と子育てのために彼らは命をかけて渡りをしているのだと思われる。 繁殖と子育て。次世代に生命をつなぐこと。 地球上の生物にとって、それが使命というか、生きる目的ということなのだろう。 それはアマゾンやパンタナールの生き物たちを繰り返し見るうちに教えられたことだった。 日本でこのような光景を目撃でき、そのことを思い出すことになるとは思ってもみなかった。 神様はやっぱりいるような気がする。 ひるがえって我々人類はというと。 ちょっと違う方向に進みすぎているような気がするのだが。

エジプトで見つけたコインの運命

それは、発掘終了10分前のことだった。 僕の手にしていた金属探知機が反応した。 ピー、という音が鳴り響く。 何回かやっても、そこで鳴り響く。 靴のつま先で、軽く掘ってみた。 そして出てきたのがこれ。 石ではない。持ってみて、比重でそれとわかる。明らかに金属だ。 コイン、もしくはきれいな菱形をしているのでペンダントか何かかもしれない。 考古学者に見せてみた。 フランス人の彼は、そのブツをじっと見たあげく、僕の顔を見て言った。 「ムッシュー、これは発掘の正式メンバーではないあなたが見つけ、掘り出した。その上我々発掘隊の機材リストにはない金属探知機を使って見つけたものである。さらには発見した場所がエジプト政府に申請した正式な発掘現場の範囲外だ」 『はあ? 何を言ってるんだこのオヤジ……』 僕は訝しんだ。どう見てもこれは代打満塁逆転ホームラン的発見ではないか。 そして考古学者は言った。「よってこれは考古学的には何ら意味のないものである。しかしエジプトの国外に持ち出すことはできない。もし空港で見つかったらあなたはもう二度とこの国に入国できなくなるだろう」 「と、言いますと」おそるおそる僕は尋ねた。 「残念だが、捨てるしかない」 「えー!!!」頭の中が真っ白になった。 代打満塁サヨナラランニングホームランが、本塁でタッチアウトになったようなものである。 考古学者は僕からその金属を受け取ると、砂漠に向かって放り投げた。 考古学者があっさりと投げ捨てるようなものだから、たいした物ではなかったのかもしれない。でもあんまり悔しかったので、彼が放り投げる前にこうしてブツの写真を残した次第である。 僕がやはり何か「持ってる」ことは証明できたが、エジプトには負けた気がする。ショックが大きい。完敗だ。

ラオスのクリスマス

昨日…… クリスマスの朝。 ラオスの首都、ビエンチャンの朝市を訪ねてみた。 雑踏、行き交う荷車。食物を手に入れ、あるいは提供する人々のエネルギーに満ちている。  人間はものを食うためにこれほどのエネルギーを使うのだ、ということを再認識。 そう。極論すれば私たちは、ものを食うために生きている。 仏教国ラオスのこと。特にクリスマスだから混雑しているのではないそうだ。 365日の中のありふれた一日。 ヤシの木につく虫の幼虫。美味だという。 卵&虫の店。 カメムシ? いや、どうやらタガメのようだ。 余すところなく売られているチキン。 ここにブロイラーのチキンはない。 彼女は毎日ここで鶏をさばく。 余すところなく、鶏は売られてゆく。 クリスマスだからチキン、ではないらしい。 朝市は6時頃から8時頃まで。7時半にはみんな店をたたみ始める。