かつて日曜の夜11時30分からTBSで放送していた「世界遺産」という番組でこの町を取り上げたいと思い、ロケハンだけはしていた。
ただ、その番組で取り上げるにはいまひとつ決め手に欠ける町だった。
そして静観を決め込むうちに番組は終了。
(あーもうあの町には行くこともないのかな……)
と思っていた矢先、BS−TBSの「世界の窓」という番組を手がけることになり、
(あ、こっちの番組ならいけるわあそこ)
と思い出して行くことになった。
人生あきらめてはいけないな。
パブロ・ネルーダという人を僕は知らなかった。
チリのノーベル賞作家である。政治家にして詩人。
チリは、今でこそ安定しているが政治的には揺れ動いた国である。
1948年、共産党禁止法なるものが施行され、共産党員だったネルーダは弾圧から逃れるためにある家に隠れ住んだ。
日中は地下室で詩作に没頭、夜になるとリビングルームまで上がってきて、窓を開け外を眺めたという。
しかし、夜中である。
日中はきれいな色にあふれたバルパライソの町も、真っ暗で見えない。
作家はそれでも窓を開け、町の音を聞き、想像にふけった。
この地下室と暗闇が作家のインスピレーションを刺激したのだという。
それが後にノーベル賞につながった。
まったく人生何が幸いするかわからない。
その後ネルーダは女装して家から脱出、国外に逃れる。
彼のイタリア亡命時代を題材にした映画は名作「イル・ポスティーノ」となった。
1970年、帰国した時に懐かしさのあまりかつての隠れ家を突然訪問。住人を仰天させた。その時の住人が今も家のオーナーである。
翌1971年、ノーベル賞を受賞。
しかし結局ネルーダは非業の死を迎える。
政権が代わり一時は大統領候補にまでなったネルーダ。
しかし安心したのもつかの間、軍事政権によるクーデターが起こり、またしてもチリは暗黒の時代に突入する。
ガンで危篤状態だったネルーダは救急車で病院に向かう途中軍隊に捕えられ、救急車から引きずり出されて死んだ。
波乱の生涯。
知らなかった。
「世界の窓」は5分番組である。
さすがにそこまでのストーリーを紹介する尺はなかったので、ここに書いてみた。
ただ、その番組で取り上げるにはいまひとつ決め手に欠ける町だった。
そして静観を決め込むうちに番組は終了。
(あーもうあの町には行くこともないのかな……)
と思っていた矢先、BS−TBSの「世界の窓」という番組を手がけることになり、
(あ、こっちの番組ならいけるわあそこ)
と思い出して行くことになった。
人生あきらめてはいけないな。
パブロ・ネルーダという人を僕は知らなかった。
チリのノーベル賞作家である。政治家にして詩人。
チリは、今でこそ安定しているが政治的には揺れ動いた国である。
1948年、共産党禁止法なるものが施行され、共産党員だったネルーダは弾圧から逃れるためにある家に隠れ住んだ。
日中は地下室で詩作に没頭、夜になるとリビングルームまで上がってきて、窓を開け外を眺めたという。
しかし、夜中である。
日中はきれいな色にあふれたバルパライソの町も、真っ暗で見えない。
作家はそれでも窓を開け、町の音を聞き、想像にふけった。
この地下室と暗闇が作家のインスピレーションを刺激したのだという。
それが後にノーベル賞につながった。
まったく人生何が幸いするかわからない。
その後ネルーダは女装して家から脱出、国外に逃れる。
彼のイタリア亡命時代を題材にした映画は名作「イル・ポスティーノ」となった。
1970年、帰国した時に懐かしさのあまりかつての隠れ家を突然訪問。住人を仰天させた。その時の住人が今も家のオーナーである。
翌1971年、ノーベル賞を受賞。
しかし結局ネルーダは非業の死を迎える。
政権が代わり一時は大統領候補にまでなったネルーダ。
しかし安心したのもつかの間、軍事政権によるクーデターが起こり、またしてもチリは暗黒の時代に突入する。
ガンで危篤状態だったネルーダは救急車で病院に向かう途中軍隊に捕えられ、救急車から引きずり出されて死んだ。
波乱の生涯。
知らなかった。
「世界の窓」は5分番組である。
さすがにそこまでのストーリーを紹介する尺はなかったので、ここに書いてみた。

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